***ある日の出来事***
ある日の朝、仕事をしていたら突然電話が鳴った。
聞き覚えのない声、しかし先方は慣れ慣れしく話を続ける。
其のうち「俺だよYYだよ。」
やっと解かった。同級生のYYだった。
彼は私の住んでいる町のある会社に勤めていたのだ。
だいぶ前だが彼は仕事中酒ばかり飲んでいて、ふらふらしながら仕事をしていたとの話は聞いていた。
実は、それは私にも言えることであったので人のことを言う資格はないが。
そんな彼に電車の中で偶然行き会った時、シャキっとしていたので、「何だ。お前。今日は酒抜きか。」と尋ねたら。
「酒飲んで失敗ばかりしているから注射で酒を飲めないようにしてるんだ」とのこと。
世の中にはそんな注射があったんだ。
「で酒飲んだらどうなるんだ。」と尋ねたら。
「反応おこしてダウンしてしまう。」と。
「それじゃあ、真面目になってよかったなあ。女房も安心しただろう。」
そんなやり取りで別れたことがあった。
その彼からの突然の電話。
話の中身は、仕事のことで聞きたいことがあるとのことだった。
どうせ仕事が一段落した後だったので来てもいいよといったら自分の車で直ぐに来た。
車を見ると買ったばかりの新車である
彼が聞きたい用件は直ぐに終わってしまった。
私「お前注射まだやってるのか。」
彼「まあ、しばらくは続いたけど段々回数が減り元に戻った。」
私「と言うことは酒は今は縁が切れないのか。」
彼「そうだ。酒を切ると仕事にならにない。」
私「お前も意思が弱いんだな。じゃあ、今から一杯やるか。会社には用が出来たから今日は早退すると言っておけよ。」
彼「しゃあ、ちょっと電話借りるぜ。」
ということで朝10時だったが一升瓶を立て冷で飲み出すことになってしまった。
でも、わたしは飲めない。医者の忠告が無くても、自己防衛のため。
酒は身体に悪いし、付き合い程度なら、ほんの少々。
幸い近所に総菜屋もあり朝から不自由しない。
たまに会った同級生。話は弾むもの。昔話に始まって、つまり過去、現在、未来、果ては墓場への道案内まで。話は尽きないものである。
この彼とは昔から喧嘩したことがなかった。
馬が合うというのだろう。
しかし、この大酒飲みの彼が酒は弱くなったものである。
昔の注射が効いているのかなあ、と思いつつ。
飯でも用意しようとしなら「飯はいらねえ。酒だけでいい。」と
そんなこと言いながらつぶれてしまった。
なんだ。口ほどにもないやつだ。
しょうの無いやつだ。まあいいか、しばらく寝かせておこう。
時間がたっても一向に起きる気配がない。
午後3時を過ぎてしまった。
彼の家は、ここから車で40分くらい先にある。場所はわからないけど。
折角乗ってきたばかりの新車。
彼は果たして酔いが醒めて無事家まで帰れるだろうか。
ちょっと不安になってきた。
今の内に起こさなければ。
私「おい。起きろよ。」
彼「うーん。むにゃ、むにゃ。ここは何処だ。」
こりゃ、おかしい。
昔はこんなでなかったはずだが。
やはり年は争えないのか。
しかたがない。私が彼の車で家まで送り帰りは電車で帰ればいいか。
この酔っ払いは、とても車で帰れる状況ではない。
でも私は、正気様。
彼の車のキーをとり「むにゃ、むにゃ」の彼を彼の車に乗せ私が運転してスタートした。
買ったばかりの新車。
慣らし運転には丁度いいだろう。
30分ぐらい何事もなく走って彼の近くのT駅に辿りついた。
さあ、この先はわからない。
右なのか、左なのか、はたまた前なのか後ろなのか。
真っ直ぐ行けば駅にぶつかってしまう。
ぶつかるわけにはいかない。
なにしろ新車だから。
むにゃ、むにゃの彼を起こした。
しかし、反応が鈍い。
目はうつろ。
私「T駅まで来たよ。ここから先はどっちなんだ。」
彼「ここは何処だ。お前は誰だ。」
お前は誰だって言われたって誰だったっけ。
しかし、私は私なんだ。
誰が何と言ったって。
よかった。私が運転して来て。
もし、彼が運転して帰ったら酔いが醒めていても途中でぶっかっていたに違いない。
それは神のみぞ知ることであるんだが。
寝ぼけまなこの彼に、事の一部始終を話した。
私が誰であるかをようやく理解し始めたようだった。
私が誰であるかが解かれば話は簡単。
後は家までの道順だけ。
しかし、「あっちだ。こっちだ。」と言いつつサッパリ要領を得ない。
私「お前ここは、お前の町にあるT駅なんだぞ。」
彼「T駅は俺の縄張りだ。」
私「じゃあ、どっちなんだ。」
彼「わからない。」
私「わからなければ家に帰れないじゃあないか。」
彼「ここは俺れの家の庭みたいなものだ。」
私「だったら、どっちなんだ。」
彼「駅員に聞けばわかる。俺はこの駅から通勤してるんだ。駅員は俺のことを皆知っている。」
しかたがない。駅員に聞いてみるか。
私「もしもし駅員さん、この車に乗っている人の家はどっちですか。」
駅員「さあ、家はわかりませんね。」
私「でも車に乗っている人が駅員さんに聞けば教えてくれると言っているんですが。」
駅員「どの人ですか。」
私「この人ですけど。」
駅員「ああ、この人だったら何時も奥さんが時々向かえに来きますよ。でも家まではわかりませんね。」
私「それじゃあ、家の電話番号わかりますか。」
駅員「わかりませんね。第一名前も知りませんから。本人に聞いてみて下さい。」
なるほどたしかにその通り。
本人は電話番号覚えているかなあ。
本人に聞いたら今日は家には誰もいないとのこと。
ほとほと困った。
彼は幸い意識が回復してきた。
彼の目が見えて来れば彼の生まれ住んでた町なので多少思い出してくれるだろう。
そんな期待感を持ち適当に車を乗り回した。
小さな町なくせに、なんとわかりずらい道なことか。
それにしても、とんだ田舎に来てしまった。
こぼしても、しょうがないけど。
少しづつ、方向ほ指示してくれるようになっただけメッケものだ。
どうこしているうちに ようやく彼の家に到着した。
でもずいぶん、あっちこっちに行かされてのことだが。
家は大きな家で帰るそうそう「おい帰ったぞ。」と大きな声で。
だけど車の中で寝ぼけまなこで今日は誰もいないと言ってたくせに。
酔っ払いとはそんなもんだ。
私「いるわけないだろうが。」
彼「どこへ行ったのかなあ。」
私「お前んとこの奥さん勤めているんじゃあないのか。」
彼「そうだ。今日は日曜じゃあなかったのか。」
ほとんど記憶喪失。
私「じゃあ、俺帰るからな。寝てろよ。」
彼「せっかく来たんだからゆっくりしてろよ。」
私「ゆっくりしろったって、店舗もないこんな田んぼの中で。なにするんだよ。」
ここまで運転してきたものの、かなりの距離もあり、どう通ったのか道もわからない。
私にとっても歩いて駅に辿りつくのは不可能に近い。
ここは彼に駅まで送ってもらうしか方法がないのである。
それには彼の奥さんが帰らないうちに早めに決めなければ。
彼も段々しっかりしてきたのが目にみえてわかった。
すこし油を売ってればどうにか駅まで大丈夫だろう。
安心感が湧いてきた。
私「じゃあ、帰るよ。」
彼「じゃあ、駅まで送るよ。」
と筋書きどおり。
私としても、ここで放り出されたら露頭に迷うだけだ。
内心本当によかったと思った。
しかし、これからが酔っ払いの失敗の始まりだった。
時間がたったし、私もすっかり酔いが醒めてしまい、折角ここまで来たんだから直ぐ変えるのはもったいないと。
彼は、この町は俺の庭の中にあるようなものだと。話がでかいのである。
彼の運転は、正常に戻っていた。
かなり時間が過ぎた事だし。
取りあえずは、私は助手席に乗って駅方面へ走り出す。
彼「お前の町も、スナックがいっぱいあるけど俺の町だっていいところがあるんだぜ。」
なんせ彼の庭なら当たり前のことだが。
私「こんな小さな町にそんなとこ有る訳ないだろうが。」
彼「有る有る山ほどある。俺が連れて行く。」
考えてみると私の家だったから金は1円も使っていなかった。
幸い別な用に使おうとした金が財布に豊富ある。
たまに会った同級生なんだから。帰えれなくなったら泊まっていけばいい。
大きな家だから私ひとりぐらいなんでもないだろう。
ただ彼はいい年をして婿養子だ。
彼の奥さんに何んて話そうか。
しかし、まだ泊まるわけではない。
最初は彼を送りとどけて電車で帰ろうと思っていたのが、何を勘違いしたのかコロっと頭の中が反転してしまった。
私「まあ、折角ここまで来たんだからゆっくりするか。夜は長いしなあ。」
彼「そうだよ。俺にまかしておけ。」
と言っているんだが。信じていいのか。
しかし、私の頭は好奇心に溢れ出した。
私「ところで、こんな田んぼの中に目のさめるようなとこが本当にあるのか。」
彼「今案内するよ。もう少しだ。」
私「同じとこぐるぐる回っているけど、道わすれたのか。」
彼「忘れるわけ無いだろう。俺の庭を。」
私「この庭も手入れしてないせいか荒れ放題だな。」
彼「もう少し行くと繁華なとこがあるよ。」
だいたい、人間は何故スナックとかクラブに憧れるのか。
まして、常連な店より始めての店。
皆同じように、ときめくのか。
一杯飲み屋で飲んでたほうが安いに決まっている。
それなのに。ああそれなのに。
それは、店の内装とか、席、カウンターとかどうでもいいのだ。
電気が多少暗めで、まあ顔形がわかればそれでいいのだ。
こういう所に行く場合、決まって一杯飲み屋である程度の酒を飲んで行くのが、お決まりである。
最初からそういう所に行く人は、極まれである。
では、何しに行くのか。
言わずとしれた、行くものが男だったら店の女の子、女だったら店の男の子。
これが目的。単純だ。
これ、年が若くても、そうでなくても同じである。
その証拠に都会のホストクラブ等々、賑やかなことこの上ない。
夜の不夜城である。
まるで誘蛾灯に集まる蛾のように。
夜になると蛾は大きな羽根を広げて飛びまわるのである。
チョゥチョなら愛くるしいが。
しかし、チョゥチョは昼間しか飛べない。
多少は夜の部もあるようだが。
女の子の顔を見るのと、カラオケを歌うのと、それに加えることのお酒。これしかないのである。
高いお金を払って勇ましく行く。
彼は、お酒も好きだがカラオケも好きだ。
何故か五代夏子が好きだ。
これしか歌わない。
何処に惚れたのか。歌がいいのか。顔がいいのか。私にはわからない。
無論演歌しか出来ないのだが。
どうせ、たいした理由も無いだろうから。
私は、神野美伽がいい。それにはレッキとした理由があるのだ。
そこで、神野美伽のホームページを開いてみた。
私が14344番目のお客様。
昭和59年デビューだった。
そして、昭和60年2月あの思い出の男舟売り出す。
これがヒット曲になった。
当たり前である。
何故かと言うと、彼女はこの時期まったくの無名だった。
私の町のあるスナックに彼女が興行に来た。
まだ、テレビなど出ていなかった。
つまり、ドサ回りである。
この時、彼女が歌ったのが男舟である。
私は、この歌を聞いた瞬間すごいなと直感したのである。
勿論、私は1回聞いただけで歌に惚れてしまった。
当然の事ながら司会がお客にデュットを求める。
酔いなど吹っ飛びすぐさま手を上げた。
一番乗りである。
なんの歌を歌ったのかは覚えていない。
多分、他の有名な歌手のヒット曲だったろう。
間近で素顔を見た。
今と違って、幼顔の乙女である。
歌が終わって、すぐさま握手を求めた。
綺麗な細い白い指。
ああ、いい感触だ。
とは言っても白い手袋をしていたので、そう見えたのかもしれない。
これで彼女の男舟大ヒット間違い無し。
これで、2,3月後にテレビに出て活躍するだろう。
それは私と握手したことにほかならないからである。
たしかに、その通りになったのである。
彼女が演歌の桧舞台に乗り出したのである。
私にとって思い出の曲。だからこの曲が好きだ。
男舟
♪♪♪荒れぇて 荒れて牙むくぅ北海しぶきぃー 来るならきてみろぉー ほえてみろぅー
沖え出たときゃ 自慢の船だぁ 意地と度胸じゃ負けないけれど 命 命
いらなあいぃー 男舟ぇー
北海しぶきなんていいなあ。
どんな牙もっているんだろう。
こちとらの場合 男 千葉っ子 千葉なまりー なんだけど。
わたしゃ 九十九里 荒波そだちぃー と言うて いわしの子ではない。
なんだけど。
私の家の近くに自家用のボート持ちがいる。
しかも新船。いい身分だ。
こちとら中古車しか乗らないのに。
この人のはクルージングボートだ。
それも10人以上乗れる。
もったいない。こんなのよく買ったものだ。
大事なオモチャなので手入れは万全のようだ。
ボートが海にでると、直ぐ貝殻がついてしまい、それを落とすのが大変だそうだ。
しかし、丹念にコケ落しはしているようだ。
なにせ、自分のボートだから当然だろう。
車にワックスをかけるみたいに。
このボート最新の魚群探知機まで備え付けで魚の居場所は直ぐわかるらしい。
夫婦そろって、ちょくちょく三原山のある大島沖まで釣りにでかけるそうだ。
2人きりでなにしてるんだか私にはわからない。
回りには誰もいないのだ。
居るのは魚ばかり。
運転には大型なので船舶免許がいる。
しかし、かなり難しいらしい。
やはり無免許では乗れないので苦労したみたい。
船の場合、右も左も海だらけ。
晴れた日には陸地が見えるだろうけど。
曇りの日などは、どっちが日本だかわからないだろう。
もし、アメリカの方に進んでいたら途中で燃料切れになり永遠に日本に戻れない。
現在位置を知るには普通の知識では駄目みたい。
人工衛星からの位置確認である。
まー、器械がやつてくれるだろうけど。
しかし、知識がなければ、その器械は使えない。
地球は丸い。
人工衛星も回りながら飛んでいる。
それとの交信で位置を決めるのだ。
すべてが球面上の中なのだ。
つまり、ここで球面の定義。これが解からなければ理解不能なのだ。
そこに、ひとつの壁がある。
球面三角形の定理。
これ、立体的に理解が必要なのでわかりにくいのである。
この立体感覚を養うのは専門的になってしまうけど。
しかし、努力しれば出来ることだ。
端的に言うと鳥になれるかどうか。
人間が鳥になれるわけがない。
しかし、もしなれたとすると大空に舞い上がることができる。
自由自在に3次元空間に立つことが出来る。
人間には目線というものがある。
つまり、自分が立っている位置の視界しか頭に描けない。
これを鳥のように上空から見る力を養うことが出来れば3次元空間を自由に扱えることになる。
上空から見た視界を絵にするのが一般的に鳥瞰図と呼ばれている。
これが理解できて、始めて東経何度、北緯何度の位置確認が出来るのである。
だから、上級船舶免許は難しいのである。
本人は免許とれたんだから結構頭がいいのだろう。
暮に近所の寄り合いがあり、海の話になる。
太平洋は俺のもの。
魚なんて、いくらでも釣れると。
問題は釣った魚を料理する大きな、まな板が必要だ。
それと、魚をさばく牛刀。これが不可欠。
釣る魚、なんとマグロが1m以上もあると言う。
釣れば、直ぐ料理するのが一番美味く食べられると言う。
こんな大きな魚何日も冷蔵庫にいれるなんて、そんな大きな冷蔵庫があるわけがない。
すぐ食べなければ。
釣った魚は、実際には80センチぐらい。
めじまぐろ。
しかし、まるまると太ったもの。
見ごたえがある。
この,まぐろを釣るのには涙ぐましい努力がいるのだ。
料理の日の前の日、海へ出る。
しかし、海はシケ。
ボートは大きくゆれる。
とても、こんな日には釣りどころではない。
本人は約束を果たさなければならない。
約束は約束だ。
海の男の見栄である。
しかし、 なにしろ、高さ3mの波の中だ。
波と波の間に入ると先が見えない。
向こうに、もし船がいたら見えない者同志でぶつかってしまう。
ぶつかる時は、当然先方のほうが大きいにちがいない。
なにしろ5トンの船である。
勝てっこない。
その時は、一巻の終わりである。
隣組なので、すぐさま葬式の準備をしなければならない。
そこで、困るのが本人は隣組長だった。
葬式は隣組長が連絡することになっている。
本人がいなくなった場合、隣組への連絡は永遠に出来ないのである。
そういうことでは困るので退散を決めたそうだ。
次の日、約束の料理予定日。
お祈りした甲斐あって晴天、波静か。
この日は朝5時起きだそうだ。
めざす、まぐろを追って太平洋へ。
太平洋は広い。
なにしろ先はアメリカだから。
もし、借りに間違ってアメリカに着いたとする。
そうすると日本の日の丸の旗を掲げなければならないそうだ。
もし、そこで旗を忘れた場合、国籍不明船として撃沈されてしまう。
あえなく海の藻屑と消え去るのである。
おっかないことだ。
しかし、本人はひるまない。
もし、まぐろが釣れなければ何処か魚屋さんで買って帰らなければならない。
大見得は、切りたくないものである。
しかし、いわしを買うのと違って大きな出費になってしまう。
又、マグロ一匹頂戴と言っても大きなマグロを探すのは大変だ。
がんばらなければならない。
マグロは黒潮の流れに乗った回遊魚だ。
南の方から来て北の方に行ったと思ったら、何のことはない又帰るのだそうだ。
その間にマグロは成長するそうだ。
マグロも大変だ。
毎日泳いでいるなんて。
回遊魚を追いかけて漁船が出る。
四国の方から仙台の方へと。
伊豆大島が見える。
♪♪♪
赤く咲いてもぅ〜 椿の花がぁ〜 ほろり落ちそでぇ〜 落ちぬとさぁ〜
アンコ便りはぁ〜 恋の花ぁ〜 何処のどなたにぃ〜 何処のどなたにぃぃ〜
落ちるとさぁぁ〜
どうせなら私に落ちてくれれば。
大変なことだ。
我々は食べるだけだけど。
魚を取るには3種類あるそうだ。
ひとつが、網による漁法。
ひとつが、一本釣りによる漁法。
ひとつが、引き縄による漁法。
この漁法によって魚の値段が変わるのだそうだ。
その漁法によって市場に出した場合、同じ魚でも値段が違う。
漁法によって魚の傷みかたが違うそうだ。
買うものの身になれば、兎に角安いほうがいいに決まっている。
しかし、魚の一番傷まないのは1本釣り。
次が、引き縄によるもの。
次が網によるもの。
つまり手数のかかる、かからないの順みたいなものだ。
1本釣りは、魚がそのままな状態で引き上げられるので一番傷まないのだろう。
魚の値段も傷の有る無しが値段にそのまま繋がる。
私のほうの隣組長はボートで引き縄だそうだ。
そして、当日マクロを釣って来たのだ。
大きな、まな板の上にマグロが乗る。
丸々と太っている。
身長80センチはある。
油も乗っている。
死んじゃっている。
可哀相に。
海で泳いでいれば恋人も出来たろうに。
行きなのか帰りなのか。
こんな災難にあって。
さぞかし親が心配しているだろうに。
海に帰らない我が子をどれだけ待っていることか。
こんなところで未だ若いのに前途ある青年が。
この恨み晴らしてなるものか。
末代までも、祟ってやる。
おお、こわ。
こんなに恨んでいるのに食べちゃうの。
魚だからいいけど、もしこれが人間だったら、とんでもない事になる。
人間の通る道にも、障害物がある。
倅が子供の時、子供としては、変な趣味が、いろいろあった。
その、一つがトンネル。
何故か分からないが、トンネルを潜らないと、おさまらない。
あっちこっちの、トンネルを目指してクルマの運転は続いた。
つまり、トンネルを通り抜ければ、その達成感に満足する。
子供が詳細な地図を調べて、こっちは、端なる運転手。
それが、立派なトンネルより、変に形の変わったのを好む。
そんなトンネルは、山奥の狭間に存在する。
そのお陰で、次第にトンネルへの興味も湧いてきたのだから不思議なもんである。
この計画のトンネルには、在来の小さなトンネルが存在している。
これを、拡幅するだけの話し。
ここでの小さなトンネルは、観音トンネルであった。
観音トンネルなんて、言葉はない。
観音様の、お通りになるトンネルだ。
まさか、そんなことはない。
隣町に、笠森観音ってのがある。
霊験あらたかな、観音様。
関東48番寺の一つ。
けっこう白い着物を身につけて、巡礼が訪れる。
ここに、子宝を授ける大木がある。
大木の下のほうに、人が潜り抜ける穴がある。
女性で子供の出来ない人は、この穴を潜ると、すぐ子供が授かるとか。
山の上の難所の岩場に建てられた建物に、観音様が祭られている。
高いところに聳える観音様からは、あたりの景色がいちぼう出来る。
心の憂さ晴らしには、もってこいの眺めである。
観音様の、お姿通りのトンネルが観音トンネルである。
トンネルの掘り方には、そんな観音様のお姿のようなトンネルは実在しない。
第一、トンネルには首があるわけない。
それにもかかわらず、何故、首が出来たのかであるが。
形の良いトンネルが地盤のもろさで、トンネルの形を支えきれず、ぼろぼろ中央の上から少しずつ崩れ落ちたのである。
何時しか、上へ上へと、穴が掘られていく。
上へ掘る穴なんて珍しい。
危険この上ない。
そこで、観音様の首から落ちろ岩で怪我人が出ないように、防護のため、金網で囲った。
それでも、ぐいぐいと観音様の首は、上へ上へと伸びる。
なんとか、この首長観音の首の伸びるのを止めなければ。
そして、首が落ちないように、このトンネルを厚さ5センチほどのモルタル吹きつけで覆った。
これで、観音様は安らぐだろう。
ところが、観音様は、モルタルをも砕く。
そして、こんどは覆ったはずのモルタルが音もなく少しづつ落下しはじめた。
小岩でも、頭に落ちれば大怪我をする。
それが、こんどは、モルタルの塊り。
一発的中である。
やがて、危険防止に金網で覆う。
しかし、モルタルの重みは、金網をも砕く。
通行危険な状態を避けるには、トンネルの拡幅しかない。
そして、このトンネルは、観音様を見限り拡幅することになった。
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